田口隆祐監督のTwitterから歴史を振り返る!実は第2弾!



こんにちは! らいおんです!

コロナウィルスで大会が中止になっている中、田口隆祐監督が懐かしい画像を引き続きUPしています!なかなか懐かしい画像なのでその状況をまとめていきたいと思います!

田口隆祐監督のTwitterから歴史を振り返る!実は第2弾!

中邑選手も参戦した第1弾はこちらから↓

らいおんプロレスリング

田口選手のTwitterに中邑選手が参戦!田口監督の振り返り!…


若い!2004年はヤングライオンだった25歳の田口監督!写真に写っているのは
左から田口監督、ヨシタツ選手、長尾選手、中島勝彦選手、北斗昌さん(鬼嫁)

中島勝彦選手がさらに若い!2004年は9月は16歳で健介officeに所属しており健介ファミリーの「息子」というギミックを得て、健介の付き人をこなしつつ各団体へ参戦していました。
2005年からはDORAGON GATEや全日本プロレスなどにも参戦します。今やNOAHの主力選手でW-1のタイトルも取るほどの実力者ですもんね!凄い!

ってこのままだと中島選手の歴史まとめになってしまうので戻ります!

☑長尾選手の情報は第1弾でしているので割愛。
☑なぜヤングライオンがキンチョールを持っているのか?理由は分かりませんでした。詳しい方教えて下さい!


皆若い・・・写真に写っているのは左から
田口監督、平澤選手、裕次郎選手、永田選手、ヨシタツ選手、棚橋選手、飯塚選手。

2006年はメキシコから帰国した田口監督。テーマ曲に乗りながら「タグダンス」を解禁した歴史的年です!
平澤選手はヤングライオン、裕次郎選手はあごの骨折の長期欠場じゃら復帰したばかりの時。
永田さんはこの年に白目を解禁、ヨシタツ選手はG1に初出場(全敗)、棚橋選手はこの写真の前日に新日本プロレス最後の無観客試合。
たまたま最近記事にしていたので是非↓

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棚橋弘至選手のTwitterから無観客試合を回想する。…

☑飯塚選手はこの写真の4年後に人間性を喪失します。。。


2009年、田口監督はプリンス・デヴィット選手(現フィン・ベイラー選手)とApollo 55(アポロ・ゴー・ゴー)というタッグチームを結成。
同年10月11日にはDDTプロレスリングの飯伏選手、ケニー・オメガ選手組の「ゴールデン☆ラヴァーズ」と防衛戦を行うも、デヴィット選手が飯伏選手にフェニックススプラッシュで敗れます。
12月に表彰されるプロレス大賞でジュニアタッグでは史上初となるベストバウトを受賞しました。

写真の状況は良く分かりません。何の配給なんでしょうか?飯伏選手は戸惑っていますね!
またレッドシューズ海野さんが靴だけじゃなくて全身赤いのもジワジワきますね!


デビューを1ヵ月後(2008/7/6)に控えるYOSHI-HASHI選手を締め上げる監督!
監督はこの年の3月にNEW JAPAN CUPに初出場します!当時の可愛がりですね。。。今だとパワハラです。。。



田口監督がRT。いろんな意味で伝説の一戦ですね!どんどんいきましょう!



この年の10月11日に開催されたDESTRUCTION’10にて行われた「ゴールデン☆ラヴァーズ」とのタイトルマッチは、ジュニアタッグとしては史上初となるプロレス大賞・年間最高試合賞を受賞する快挙を成し遂げました!

田口監督は「サムライジムのポーズ」といっていますが、完全にぱちんこ遊技中のポーズですね!「サムライジム」とは2007年にはエル・サムライ選手が新日本ジュニアの底上げを図るべく立ち上げた養成施設。田口監督は門下生第一号として入門しています!



2006年2月19日にエル・サムライ選手とのタッグを組み、稔選手、後藤選手組の保持するIWGPジュニアタッグ王座に挑戦!この試合で勝利を収め同王座の第16代王者組になっています!これが監督初のタッグ王者です!



何とも!凄いお話ですね!2人ともずいぶん軽装に見えます!この1年後のApollo 55解散まで、
2人はジュニアタッグ戦線において常にトップを張り続け、合計4度に渡ってIWGPジュニアタッグ王者となり、通算13度の防衛を果たしました!


はい!今回はここまでです!まだまだ東スポさんの画像が尽きなければまたまとめたいと思います!
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第1弾はこちらから↓

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田口選手のTwitterに中邑選手が参戦!田口監督の振り返り!…



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